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国立大学法人筑波大学
MS&ADインターリスク総研株式会社

オフィス労働者の身体活動量を高めるための包括的・多要素プログラムの提案

2022年2月18日

国立大学法人筑波大学
MS&ADインターリスク総研株式会社

オフィス労働者は、座位時間が長いという働き方の特徴があり、糖尿病や筋骨格系疾患などの健康リスクが高いと考えられています。このことは、労働生産性にも影響する可能性があることから、近年、職域での身体活動増進に取り組む企業が増えています。しかしながら、どのようなプログラムを導入すればよいか、に関する研究が不足しており、日本の労働環境や労働文化に合わせたプログラムを開発する必要があります。

本研究グループでは、オフィス労働者を対象としたフォーカス・グループ・インタビューを実施し、①身体活動促進に関する個人の現状や認識、②身体活動促進プログラムとして有用かつニーズがあり、実現可能性の高い推奨要素、について聴取し、その発言内容を行動科学理論に基づいて分類しました。

分析の結果、オフィス労働者は座っている時間が長く、職場や自宅周辺の環境からの影響も受けることが分かりました。また、労働者の幅広いニーズに対応できるプログラムが必要であり、特に、職場環境の改善が必要であることが示されました。

今回の調査結果と既存の行動科学理論を踏まえ、個人レベル(情報提供)、社会文化環境レベル(チーム構築、雰囲気づくり)、物理環境レベル(スタンディングデスク、ポスター)、組織レベル(インセンティブ、役員による推奨)のそれぞれに対して、オフィス労働者の身体活動量を高める包括的・多要素プログラムを提案しました。今後、このプログラムの有効性を検証する予定です。

研究代表者

筑波大学体育系
中田 由夫 准教授

MS&ADインターリスク総研株式会社
森本 真弘 リスクマネジメント第四部・部長

研究の背景

オフィス労働者は労働時間の70%以上を座って過ごしており、先行研究では、1日あたりの平均歩数(6,857歩)は、他の職種(肉体労働者12,796歩、医療従事者8,072歩)と比べて最も少ない結果が報告されています。このような、身体活動量が不足し、座位時間が長いという働き方の特徴により、糖尿病、筋骨格系疾患などの健康リスクが高く、労働生産性にも影響する可能性が示唆されています。

これまでに、職域での身体活動促進は、労働者の健康向上に寄与することが示されてきました。しかしながら、個人、環境、組織などのさまざまな社会生態学的理由により、職域における身体活動促進の導入にはまだ多くの障壁があることが分かっています。また、職域における身体活動促進に対する考え方は、雇用者と従業員で異なっています。そのため、職域での身体活動促進を行うためには、雇用者と従業員、それぞれの要望や意見、考え方を聞き出すことが重要です。

近年、日本では少子高齢化による人手不足を解決するためにさまざまな政策が施行されています。その中で「健康経営」という、労働者等の健康を経営的な視点で考え、戦略的に実践する考え方が注目されており、身体活動増進の取り組みも推奨されています。しかしながら、どのようなプログラムを導入すればよいか、に関する研究が不足していることから、日本の労働環境や労働文化に合わせた身体活動促進プログラムを開発する必要があります。

研究内容と成果

本研究では、2020年6月22日に、39~62歳のオフィス労働者7人(一般職5人[女性2人、男性3人]、管理職2人[男性2人])を対象としたフォーカス・グループ・インタビューを実施しました。インタビューでは、①身体活動促進に関する個人の現状や認識、②身体活動促進プログラムとして有用かつニーズがあり、実現可能性の高い推奨要素、について聴取し、その発言内容を行動科学理論に基づいて分類しました。分析には、社会生態学的モデル注1)とCOM-Bモデル注2)を統合したVan Kasterenらの仮説を利用しました。

具体的には、まず、身体活動促進に関する個人の現状や認識を、社会生態学モデルに基づいて分析しました。その結果、オフィス労働者は、座っている時間が長く、コロナ禍の影響もあってリモートワークが増えており、身体活動量が不足しているという現状が明らかになりました。また、身体活動レベルは、職場や自宅周辺の環境から影響を受けること、職場の同僚よりも家族と一緒に運動する機会が多いことなどが示されました。

次に、身体活動促進プログラムとして有用かつニーズがあり、実現可能性の高い推奨要素について、COM-Bモデルに基づいて、その要素が「能力」、「機会」、「モチベーション」の何を刺激するかを分類しました。その結果、オフィス労働者は、幅広いニーズに対応できるプログラムを求めており、具体的な要素としては、情報提供、チーム構築、雰囲気づくり、スタンディングデスク、ポスター、インセンティブ、役員からのメッセージ、職場政策が挙げられました。

以上の調査結果と既存の行動科学理論を踏まえると、個人レベルでは「能力」を刺激する情報提供、社会文化環境レベルでは「モチベーション」を高めるチーム構築と「機会」を与える雰囲気づくり、物理環境レベルでは「機会」を与えるスタンディングデスクと「モチベーション」を高めるポスター、組織レベルでは「モチベーション」を高めるインセンティブや役員からのメッセージおよび「機会」を与える職場政策、が重要と考えられ、これらを包括的に網羅した多要素プログラムを提案しました(図1)。

今後の展開

今後は、この包括的・多要素プログラムの実施可能性と有効性を検証していく予定です。このようなプログラムの導入により、オフィス労働者の健康状態および労働生産性に好影響をもたらすことが期待されます。

参考図

図1 オフィス労働者の身体活動量を高めるための包括的・多要素プログラムの提案

図1 オフィス労働者の身体活動量を高めるための包括的・多要素プログラムの提案

用語解説

注1) 社会生態学モデル
人間の行動は個人内の特性だけではなく、個人間、組織、地域、政策といった多層的な要因に影響されることを示した理論。

注2) COM-Bモデル
行動(Behaviour)は、それを行う能力(Capability)、機会(Opportunity)、モチベーション(Motivation)が総合的に作用することで生じるという考えに基づく理論。

研究資金

本研究は、筑波大学とMS&ADインターリスク総研株式会社との共同研究契約に基づき実施されました。また、本研究の一部は、JST次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING)の支援を受けました。

掲載論文

【題名】
Proposal of a Comprehensive and Multi-component Approach to Promote Physical Activity Among Japanese Office Workers: A Qualitative Focus Group Interview Study
(オフィス労働者の身体活動量を高めるための包括的・多要素プログラムの提案:フォーカス・グループ・インタビューによる質的研究)
【著者名】
Jihoon Kim, Ryoko Mizushima, Kotaro Nishida, Masahiro Morimoto, Yoshio Nakata
【掲載誌】
International Journal of Environmental Research and Public Health
【掲載日】
2022年2月15日
【DOI】
10.3390/ijerph19042172

以上