基礎研究

健康寿命の延伸と新たな価値創造

役職名
主任研究員
執筆者名
渡邊 修二

2017年9月13日

今年6月、政府の『未来投資戦略2017』が発表され、Society5.0に向けた戦略分野5本柱の筆頭に「健康寿命の延伸」が掲げられた。 超高齢社会のトップランナーとなった我が国の成長戦略の軸として健康寿命の延伸がいよいよ一丁目一番地に据えられた形だ。その骨子と、新たな取り組みでもたらされる価値創造について概説する。

「健康寿命の延伸」が目指すもの

2013年「日本再興戦略」発表以来、健康寿命の延伸は終始一貫、成長戦略の主要項目として挙げられてきた。 その背景には、社会保障費が増大し、財政負担が過重になる中、一人ひとりが自立した生活を送ることができる健康期間を少しでも伸ばし、医療・介護に関わるコストを極力抑えたいという国の意図が見える。 今回、強調されているのは、"健康管理と病気・介護予防、自立支援に軸足を置いた、「新しい健康・医療・介護システム」を構築すること、それにより健康寿命を更に延伸し、 世界に先駆けて生涯現役社会を実現させること"だ。 ここでは、主に病気や要介護状態になってから限られた資源を治療や介護に投入するのでなく、より前倒しに予防や自立支援に積極投資し、健康に資する新たな価値創造によって、 "誰もが一生社会の一員として元気に生ききる"姿が標榜されている。

第4次産業革命で広がる可能性

今回示された健康寿命の延伸の具体策(図表1)を見ると、IoT、 AI、ビッグデータ、 ロボット等の第4次産業革命のイノベーション群との連動・融合(ヘルステック)が牽引役としてカギを握っていることが再認識される。 例えば、「データ利活用基盤の構築」では、現在バラバラになっている健康・医療・介護データを個人が生涯にわたって一元的に管理できる仕組みを目指す。 これらのデータを活用し、これまで各地の大学・研究機関で個別に進められてきた地域の集団追跡調査・研究の成果を総合(医療ビッグデータ化)して、 例えばどのような生活習慣が病気や寝たきりになりやすいか(あるいはなりにくいか)など予防・健康づくりに役立つ知見創出が加速される。

また、「個人の行動変容の本格化」では、進化の著しいモバイルやウェアラブル端末によって日々の健康データを集積し、これとレセプトデータや健診・検査データを統合して、 より精緻に個別化したアドバイスを行い、日々の行動を変えることで生活習慣病の予防をより確実なものにする。 体調の変化や悪化、持病発症の予兆をいち早く察知し、本人が自覚する前に?気付き"を与えることが出来れば様々な疾病リスクの軽減に繋げることができる(図表2)。

この他、1人暮らしの高齢者が遠隔診療により通院負担が軽減され、データ・AIを活用した診療を無理なく受けられたり、介護現場で、ロボット、センサー等の活用により、 夜間の見守りなどをめぐる職員の厳しい労働環境が改善される可能性が広がる。その分、時間や専門性を活かし、個々の利用者に最適なケアを提供するなど、様々な社会課題の解決や価値創造が見込まれる。

市場拡大と地域活性化

最新技術を活用した一連の取り組みは、当然、新たな市場を創出し、拡大する(図表3)。 この分野は、基本的に全国あまねく需要があるため、一極集中は起こりにくい。雇用の創出効果も大きく、全国各地で地域経済活性化の下支え、あるいは地方創生の原動力となり得る。

個人の行動変容を促進する"環境の変容"という視点からも、地域の役割は重要である。 昨今、地域やまちそのものが"健康"になり(健康都市化)、住民が極力病気になりにくい仕組みを通して住民の健康づくりをサポートする取り組みが全国で展開されている。 健康寿命延伸都市や健康経営都市をはじめ、筑波大学が提唱して始まった歩行や運動で自然に健康になることを目指す「スマートウェルネスシティ」、奈良県立医科大学と早稲田大学連携による 「医学を基礎とするまちづくり」などがその代表事例で、産官学連携による知見の結集、産業振興の絶好のフィールドとしても注目されている。

生涯現役社会への展望

こうしたまちづくりを含めた健康インフラを整備し、若いうちから自らの健康は自らが守るという意識を高めることが生涯活躍社会の構築に不可欠である。 若い世代からの健康づくりは将来的な疾病・介護予防につながり、退職後の健康寿命にも影響する。 その意味で企業の健康経営も単に就労期間だけの健康管理に注力するのではなく、第2の社会活動期をも見据えた取り組みが求められる。

生涯現役社会は人生90年を前提としているが、最近では100歳まで生きることを真剣に考えなくてはならないとの指摘も目立つ(その中の一つ、 『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)~100年時代の人生戦略』では2007年生まれの日本人の約半分は107歳まで生きると予想)。 一段と長寿化する社会では、健康価値はさらに高まり、あらゆる産業、業種において健康づくりの後押しが求められるようになる。 企業にとってもこうした時代要請に応える意義は大きい。 人々の日々の健康づくりに寄り添うことで接触機会(タッチポイント)を増やし、顧客との関係を強化しつつ、個別化した高付加価値サービスを提供して商機拡大が図れる。 生涯現役社会を支える新たなシステムを世界共通の課題解決ソリューションに発展させればグルーバル展開も視野に入ってくるだろう。

リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット著。2016年