コンサルタントコラム

交通リスクに立ち向かう人間のレジリエンス

[このコラムを書いたコンサルタント]

専門領域
ヒューマンファクター、交通心理学、運輸安全マネジメント全般
役職名
リスクマネジメント第二部 運輸総合リスクマネジメントグループ 上席コンサルタント
執筆者名
今泉 崇 Takashi Imaizumi

2021.12.8

道路交通による事故は年々減少傾向にあり、特にコロナ禍であった2020年における国内の交通事故による死亡者は2,839人となり、自動車が普及してから初めて3千人を切った。過去に遡ると、第一次交通戦争と呼ばれた1970年頃の死亡者は年間1万5千人を超えていたが、その後様々な事故防止対策が進み減少してきた。しかし、今後のアフターコロナでは、抑制されていた観光需要がリバウンドして事故の発生頻度は多くなる可能性がある。そもそもリスクというものは、発生頻度×規模の大きさで計算される。コロナ禍では、事故の発生頻度が社会情勢の中で減少しただけであり、交通事故の規模の大きさはほぼ据え置きである。これに対し、今後も引続き自動車車両や道路環境の先進化とともに、その先進化によるハード対策では対応しきれない自然災害等の緊急時においては、人間でしか発揮できない対応力が必要になってくる。

同じ交通分野である鉄道でも国内の鉄道運転事故は年々減少しており、2020年における国内の鉄道運転事故による死亡者は245人と交通事故に比べ少ない。しかし、この死亡者の推移をみると、20年間でほぼ横ばいである。鉄道運転事故は、約9割が駅ホームと踏切の2つで発生する。駅ホームにはホームドア、踏切は廃止、という動きはあるものの、コロナ禍によるテレワークの普及等により鉄道事業者の運輸収入は激減し、ハード対策への予算配分が厳しい状況である。また仮に駅ホーム・踏切の対策を進めても、近年発生している鉄道車両内無差別殺傷放火事件や自然災害等の緊急時には鉄道係員が柔軟に対応しなければならない。

では、どうしたら人の緊急時の対応力を上げることができるか。これは、東日本大震災で発揮した「レジリエンス能力」がキーになる。この震災において大津波が迫る中、人それぞれが独自に判断し、高台への移動を選択せずに現在地の方が安全と判断して移動時の津波に襲われるリスクを回避した例がある。これはまさに、緊急時において人でしかできない行動力である。レジリエンスとは、しなやかさと訳されるものであり、現段階では明確にその能力を向上させることが難しい。しかし医療の世界では、日々そのレジリエンス能力が外科医により発揮され、難解な外科手術を成功へ導いている。この外科医が普段から実施していることは、イメージトレーニングだと言われている。南デンマーク大学のエリック・ホルナゲル氏によると、レジリエンス能力は4つに分かれ、対処・監視・予見・学習というものが必要となる。特に、緊急時は予見という能力に最も重点がおかれる。これをふまえ、これから交通機関の先進化が進んでも、緊急時の運行に関わる要員は、このレジリエンス能力を高めておく必要がある。

最近読んだ本に「今ない仕事図鑑」というものがある。この本には、AIによりなくなる仕事もあるが、その代わり人でしかできない仕事を紹介している。その中にコンティンジェンシープラン(緊急時の対応策)を考えるリスクマネージャーというものがある。AIが進む現代にも、まだまだ人でしかできないことは沢山ある。未来を支える子供たちには、そのことを伝えつつ、将来の安全な社会に向けてレジリエンス能力を高めるための教育を実施していくべきである。そして、今後の社会がコロナウィルスのような世界規模の危機に見舞われても、しなやかにリスクを回避できる後世の社会体制を作ることが必要だと考える。

以上

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