基礎研究

北極海航路による貨物輸送の将来性

役職名
主管上席研究員
執筆者名
吉田 隆

2017年1月24日

「北極海航路」とは、ヨーロッパからロシアの北極海沿岸海域を通って東アジアに至る航路を指す。北極海航路は従来、ロシアの国内航路として部分的に利用されるにとどまっていたが、近年、地球温暖化によって北極海の氷が減少し、航海の難しさが軽減されたことから、ヨーロッパ・東アジア間の海上輸送におけるスエズ運河航路の代替ルートとして注目されるようになっている。 北極海航路が注目される理由は、スエズ運河航路に比べて、以下のメリットを有することにある。第1に、航行距離が短くなる。例えば、ロッテルダムから横浜までの航行距離は、北極海航路の場合7,345海里であり、スエズ運河航路の場合(11,205海里)に比べて34%短縮される。第2に、スエズ運河航路と異なり、「チョーク・ポイント」(航路上の難所)がない。スエズ運河航路のチョーク・ポイントとは、バーブ・アルマンデブ海峡(紅海からアデン湾に抜ける海峡)およびマラッカ海峡であり、海賊などのリスクを伴うことが知られている。

以下本レポートでは、北極海航路輸送の現状、北極海の自然環境と耐氷船の特徴、北極海航行にかかわるルール、北極海航路の利用が限定的である理由、および将来利用が拡大するための条件を見ていく。加えて、スエズ運河航路の代替ルートという以外に、北極海航路が北極圏に産出する石油・天然ガスの輸送ルートとして利用されることを解説する。

1.北極海航路輸送の現状

北極海航路のうちロシアの北極海沿岸海域部分はNorthern Sea Route、略して"NSR"と呼ばれる。NSRは1930年代以降、軍事的な背景もあって専らロシアの国内航路として利用されてきた。しかし、1987年10月に旧ソビエト連邦のゴルバチョフ書記長(当時)がムルマンスクで行った演説により、NSRを国際商業航路として開放することが宣言されたことから、ヨーロッパ・東アジア間の海上輸送に北極海航路を利用する可能性が生まれた。

北極海航路が国際商業航路として初めて利用されたのは2009年である。その後、北極海航路の商業利用は拡大傾向にはなく、近年も限定的にとどまっている。Northern Sea Route Information Office(ノルウェーの研究機関Centre for High North Logisticsの一組織。以下、NSR Information Office。)によると、ヨーロッパ・東アジア間の航海の件数は、空荷の(=貨物を積まない)航海を含めても2012年17件、2013年15件、2014年31件、2015年18件とごくわずかである。

これらの航海の特徴は以下のとおりである。

  • 貨物はガスコンデンセート(天然ガスの採掘に伴って産する液体成分)、燃料油、鉄鉱石、冷凍した魚などに限られる。
  • 活動する海運会社は北欧やロシアの海運会社がほとんどと見られる。
  • わが国向けのLNG(下記)や韓国向けのガスコンデンセートの輸送のように、試験的な航海と見られるものある。

NSR Information Officeが公表している航海情報によれば、わが国を目的地とする航海は2012年に1件、2013年に3件、2015年に1件行われた(わが国を出発地とする航海はないようである)。2012年11月に行われたハンメルフェスト(ノルウェー北部の港)から北九州市までの航海が、北極海航路によるヨーロッパからわが国への初めての商業輸送である。これは、Dynagas Ltd.というギリシアの海運会社が耐氷LNG船「オビ河号」(Ob River)によりLNGを輸送したものであり、世界で初めての北極海航路によるLNG輸送でもある。実質的な荷主は、ロシアの独立系エネルギー企業NOVATEK社である。同社は、北極海に面するヤマル半島でLNGプロジェクトを推進しており、アジア向けに北極海航路を利用したLNG輸送を予定している(後記6(2))。こうしたLNG輸送は世界で初めてであることから、NOVATEK社としては、試験的な航海を行い、北極海航路によるLNG輸送が問題なく行えることをアジアの需要家に示そうとしたものと推測される。

2.北極海の自然環境と耐氷船の特徴

北極海の自然環境の特徴は、言うまでもなく海氷や低い気温である。中でも海氷は最も顕著な特徴であり、海上輸送に対する最大の阻害要因である。北極海の海氷の面積は3月(「冬の終わり」)に最大となり、バレンツ海の一部を除いてほぼ全体が氷に覆われる。海氷の面積は9月(「夏の終わり」)に最小になる。ヨーロッパ・アジア間の航海は、海氷の比較的少ない時期、即ち概ね7月から11月まで行われる。

耐氷船は、海氷や低い気温に耐えて航行できるよう、以下の特徴を持つ。

  • 海氷により船体が損傷しないよう、「アイスベルト」(船体のうち氷の圧力が最も作用しやすい喫水付近)の外板を厚くし、また、肋骨を多くする。
  • 海氷の圧力に対して一定の船速を確保できる推進装置を備える。
  • 氷片がプロペラにぶつかる際にプロペラや推進軸に損傷を与えないよう、プロペラを厚く、推進軸を太くする。また、プロペラが氷片を排除または破壊しやすいよう、大トルクを発生する推進装置を備える。
  • 氷との摩擦により外板の塗装が剥がれ、外板の腐食が進まないよう、氷海用塗料または無塗装で氷に耐える特殊な鋼材を外板に用いる。
  • バラストタンクに凍結が起こらないよう、エアバブリング等の凍結防止対策を施す。
  • 甲板上に降りかかる水しぶきにより、デッキ・構造物に着氷が発生する場合に、重心が高くなり、船の復原性が不十分にならないよう、カバーやヒーターを取り付ける。

耐氷船は以上のように、通常の貨物船に比べて、強固な船体、強力な推進装置、氷海特有の装備を持つ。耐氷船はそのため、通常の貨物船より高価であり、維持費が高く、燃費性能が低い。

なお、北極海の海氷が今後どのように推移するかについては、従来観察されてきた北極海の海氷の減退が今後も進行するとの見方は定説となっている。例えば、2014年に公表された「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書」は、「21世紀の間、世界平均地上気温の上昇とともに、北極の海氷域が小さく、薄くなり続けること(中略)の可能性は非常に高い」と述べている。

3.北極海航行にかかわるルール

北極海航行に適用される様々なルールのうち、海運実務とその採算に影響が大きいものを以下にみていく。

(1)国連海洋法条約第234条「氷に覆われた水域」

海洋の利用・開発等に関する国際的なルールの中心を成すのは、「国連海洋法条約」(United Nations Convention on the Law of the Sea :UNCLOS)である。その第234条は、「氷に覆われた水域」を排他的経済水域(Exclusive Economic Zone: EEZ)内に持つ国に、環境汚染を防止するための無差別の法令を制定・執行する権利を認めている。同条は、北極海という言葉を用いていないが、適用対象は事実上北極海に限られる。ここで「無差別」とは、通常、自国船籍の船舶を外国船籍の船舶より優遇しないという意味に解される。また、こうした法令に基づき課徴金を徴収する場合には、その金額は「当該船舶に提供された特定の役務の対価」(同条約第26条2項前段)でなければならないと解される。

ロシアは国連海洋法条約第234条を根拠に、以下(2)から(4)までのNSR関連法令を制定している。

(2)「NSR水域における商業航行の政府規制に関するロシア連邦法の改正に関する連邦法」(改正NSR連邦法、2012年7月成立)

改正NSR連邦法が規定する事項のうち重要なものは以下のとおりである。

  1. ① 「NSR航海規則」(後記(3))は、航海の安全を確保するためおよび船舶による海洋環境汚染を防止するために適用されるものであり、NSR水域航行の申請手続き、砕氷船・水先人による航行支援等の事項を定めること。
  2. ② 「NSR管理局」がロシア連邦政府の機関であり、航行の申請を許可する権限を持つこと。
  3. ③ NSR水域における航海は、次の2つの条件を船舶が充足する場合には許可されること。
    • 航海の安全と海洋環境の保護に関する諸要件、およびNSR水域における航海に関する諸規則に適合する。
    • 船舶に起因する汚染等による損害を賠償する責任をカバーする保険又は財務上の手段で、国際協定に基づき必要とされるものを確認できる書面を提出する。
  4. ④ 砕氷船・水先人による支援に対する支払金額は、船舶のトン数・アイスクラス、水先案内の対象となる航行距離、および航海の時期を考慮して決定され、かつ実際に提供されたサービスの量に基づくこと。

上記④の前半は国連海洋法条約第234条にいう「無差別」の原則を明文化し、後半は同条約第26条2項前段にいう「特定の役務の対価」原則を明文化している。

(3)「NSR水域における航海に関する規則」(NSR航海規則、2013年1月成立)

NSR航海規則が規定する事項のうち特に重要なものは以下の通りである。

  • NSR水域を航行しようとする場合、船主又はその代理人はNSR管理局に対して航海の申請を行わなければならない。申請期限は、NSR水域に入る予定の日の15営業日前である。
  • 申請には、船級証明書や「船舶に起因する汚染等による損害を賠償する責任をカバーする保険又は財務上の手段」(上記 (2) ③)を証明する書面を添付しなければならない。
  • 航海申請が許可される場合、許可の有効期間、航海ルート、砕氷船による支援の要否、水先人の乗船の要否などが伝えられる。

(4)「NSR海域における砕氷船支援サービス」提供のためのタリフ・レートの許可に関する命令」 (砕氷船支援サービスのタリフ・レートに関する命令)

この命令は上記(2) ④を具体化したものである。船のトン数や航海時期などに基づき、1トン当たりの砕氷船支援サービス料金の「上限」金額を定める。実際に適用される料金は、砕氷船団を運航する「ロシア国営原子力船公社」(Rosatomflot)と海運会社との交渉により、航海ごとに決定される。

4.北極海航路の利用はなぜ限定的か:必ずしも高くない収益性とハイリスク

航行距離が短縮され、またチョーク・ポイントがないというメリットにもかかわらず、北極海航路の利用が限定的であるのはなぜであろうか。それは、海運企業にとって、北極海航路輸送の収益性がスエズ運河航路に比べて必ずしも高くない一方、リスクが高いことにあると考えられる。

(1)収益性の比較

海運企業にとって、北極海航路輸送の収益性がスエズ運河航路に比べて必ずしも高くない理由は、両航路の航海のコストが図表1のとおり比較され、必ずしも北極海航路の方が低コストではないことにある。

<図表1>北極海航路とスエズ運河航路とのコスト比較

航海のコスト コスト比較 理由
燃料費 北極海<スエズ運河 北極海航路の場合、より短い距離を同じ日数で航海するため、船速が遅くて済む。 そのため、耐氷船の燃費性能が通常の貨物船に劣ることを考慮してもなお、燃料費は大幅に節約できる。
資本費(船の減価償却費、購入資金の借り入れに伴う金利など) 北極海<スエズ運河 耐氷船は通常の貨物船に比べて、強固な船体と氷海に特有の装備を持つため、高価である。 したがって、減価償却費や購入資金の借り入れに伴う金利負担はより大きくなる。
運航費(船の維持費、船員の人件費など) 北極海<スエズ運河 耐氷船は通常の貨物船より重装備であるため、維持費が高い。 氷海特有の知識や技術(例えば、ごみの廃棄の禁止といったルールや、先導する砕氷船が使うシグナルへの対応)が船員に求められることから、人件費が高い。
その他(北極海航路で砕氷船支援を受ける費用、スエズ運河の通航料、保険料など) 北極海<スエズ運河 北極海航路の場合、スエズ運河の通航料に相当する費用を要しない一方、ロシア政府機関に費用を支払って、その砕氷船による航行支援を受けなければならないケースが多い。スエズ運河の通航料はタリフ化されているのに対し、砕氷船支援等の費用が航海ごとに交渉により決定される(前記3 (4))ため、いずれが高額かは不明瞭である。海上保険の保険料は北極海航路の方が高い。

(出所)各種資料より筆者作成

図表1のコスト比較は、単純化のため、両航路の航海日数が同じであるという前提に立つ。したがって、海運企業の運賃収入は両航路で同じである。以上の比較を総合すると、北極海航路の方が低コストとなるのは、距離の短縮がもたらす燃料費の優位が資本費・運航費の劣位をカバーして余りある場合である。その場合、収入(運賃)が同額であることから、海運会社にとって北極海航路の採算性(利益率)がスエズ運河航路に優ることになる。

(2)リスクの比較

また、北極海航路輸送のリスクがスエズ運河航路より高い理由は、以下のような点で「航海の予見可能性」(所要日数やコストが正確に予測できること)が低いためである。

  • 気象・海象予報の精度、大型船に対する緊急対応体制、航路標識・海図の整備が十分ではない。
  • 航行支援を行う砕氷船の利用料金が不透明である(現行の「タリフ」は料金の「上限」を定めるにとどまり、実際の料金は個別交渉により決定される(前記3(4)))。

5.北極海航路輸送が将来拡大するための条件

北極海航路輸送には、以上のような収益性・リスクの問題があることから、現在は、海運企業が積極的に耐氷船への投資を行い、北極海航路輸送に参入する状況にはないと推測される。しかし、将来、ヨーロッパ・東アジア間の海上物流が拡大し、スエズ運河航路のキャパシティが限界に近づく可能性もあることから、北極海航路には代替ルートとしての潜在力があると言える。

どのような条件が整えば、将来、北極海航路輸送が拡大するのであろうか。主な条件は、前記4に述べたコストとリスクの低減にあると考えられる(図表2)。

<図表2>北極海航路輸送が将来拡大するための条件

コストの低減 リスクの低減
  • 耐氷船の燃費の向上
  • 耐氷船の建造コスト・維持費の低減
  • 氷海に対応できる船員の育成による人件費の低減
  • 民間気象予報企業などによる、精度の高い気象・海象予報の提供
  • ロシア政府による大型船への緊急対応体制、航路標識・海図の整備
  • ロシア政府による砕氷船の利用料金のタリフ化:船舶のトン数・アイスクラスおよび航海の時期・海域・距離によって料金が自動的に決定される仕組み

(出所)筆者作成

以上のようなコストおよびリスクにかかわる条件に加えて、海運企業の収入面にかかわる条件として、「帰り荷の確保」が指摘される。「帰り荷」(return cargo)とは、復路の航海で運ぶ貨物を指す。帰り荷が確保できれば、海運会社にとってより低い運賃の提示が可能となり、ひいては北極海航路の利用が拡大するであろう。北欧の海運会社はこの点を模索しているようである。例えば、北極海航路の運航経験のあるノルウェーの海運会社チュディ社(Tschudi Shipping)は、ノルウェーから東アジアに冷凍のサケやニシンを運ぶ場合、アリューシャン列島産のモンツキダラが帰り荷になりうるとしている。

6.北極海航路によるエネルギー資源の輸送

北極海航路には、スエズ運河航路の代替ルート以外に、もう一つ重要な利用価値がある。それは、北極圏に産出するエネルギー資源(石油・天然ガス)の輸送に使えるという点である。以下では、ロシア北極圏におけるエネルギー資源の開発・生産・輸出の動向を概観したうえ、ヤマルLNGプロジェクトにおける北極海航路の利用をみていく。

(1)ロシア北極圏のエネルギー資源の開発・生産・輸出

ロシアは世界で最も重要なエネルギー資源の供給国の一つであり、北極圏では主に天然ガスを産出する。西シベリア平原北部、北極海に面したヤマル(Yamal)半島、カラ海(Kara Sea)、バレンツ海(Batrents Sea)には大規模なガス田が分布する(図表3)。西シベリア平原北部の主なガス田はメドヴェージェ(Medvede)、ウレンゴイ(Urengoy)、ヤンブルグ(Yamburg)、ザパリャルノエ(Zapolyarnoe)の4つであり、ロシアの天然ガス生産の中核を担っている。

ボヴァネンコフ(Bovanaenkov)、ユジノ・タンベイ(Yuzhno Tambey)を初めとする多くのガス田があるのがヤマル半島である。ボヴァネンコフは既に稼働しており、ユジノ・タンベイは現在開発が進められている(後記(2))。加えて、カラ海のうち、ヤマル半島とノヴァヤ・ゼムリャ(Novaya Zemlya)島との間の海域には、ルサノフ(Rusanov)およびレニングラード(Lenningrad)というガス田が既に発見されている。現在天然ガス生産の中核を担う西シベリア平原北部のガス田の生産量は、今後減少が見込まれる。これを補うため、ヤマル半島および北極海のガス田の開発・増産を進めることが計画されている※1

  1. ※1 杉本(2010)

<図表3>ロシア北極圏のガス田

(出所)本村(2016)

ロシアは天然ガスの生産拡大に連動して輸出の拡大も計画している。天然ガスを輸出する方法は、パイプラインによるか、またはLNGに加工して海上輸送するかである。ロシアは、世界最大の天然ガスの輸出国であり、伝統的にパイプラインによる旧ソ連およびヨーロッパへの輸出を行ってきた一方、LNG市場では、2009年に生産・輸出を開始した最後発組である。ロシアは、以下のような理由からLNGの生産・輸出を拡大し、世界のLNG市場でプレゼンスを高めることを目指している。ヨーロッパ向けのパイプライン網は既に十分発達しており、かつヨーロッパの天然ガス需要は、石炭・再生可能エネルギーとの競合などにより縮小が見込まれるため、パイプラインによる輸出拡大の余地はあまり大きくない。これに対し、世界のLNG需要は今後アジアの新興国を初めとして拡大が見込まれ※2、また、LNGはその機動性から広域の市場を対象にできるため、輸出拡大の余地が大きい。

  1. ※2 日本エネルギー経済研究所(2012)

(2)ヤマルLNGプロジェクトにおける北極海航路の利用※3

  1. ※3 ヤマルLNGプロジェクトに関する以下の記述は、個別に注記する文献のほか、NOVATEK社IRミーティング資料"Harnessing the Energy of the Far North"(2016年11月16日)および本村(2016)による。

NOVATEK社(前記1)は、ユジノ・タンベイ・ガス田から得られるガスをLNGに加工し、北極海航路により東アジア・ヨーロッパ・南米諸国へ輸出する計画である。このプロジェクトは「ヤマルLNG」と呼ばれる。LNGの96%は契約済みであり、2017年中に出荷が開始される予定である。生産能力は年間1,650万トンと、ロシアのLNGプロジェクトの中で最大級であり、LNGの輸出拡大を目指すロシアにとって極めて重要な位置づけにある。NOVATEK社はまた、ヤマル半島に近いギダン(Gydan)半島でもガス田を開発し、LNGに加工して同様に輸出する計画を持っている。以上の計画が進めば、北極海航路によるLNG輸送は今後大きく伸びると予想される。

事業主体はヤマルLNG社であり、NOVATEK社が50.1%、仏Total社(いわゆる「スーパーメジャー」の一角)が20%、中国石油集団公司(China National Petroleum Corporation: CNPC)社が20%、中国のSilk Road Fundが9.9%出資している。供給源となるユジノ・タンベイ・ガス田に近いヤマル半島北東部沿岸サベッタに、LNGプラント、港湾、空港の建設が進められている。LNGプラントは、仏Technip社、日揮(株)、および千代田化工建設(株)が設計し、建設している。

東アジア向け輸出は7月から11月までの時期に、ヨーロッパ・南米向け輸出は年間を通じて、北極海航路により行われる。このような運航パターンは、ヨーロッパのガス需要が夏に少なく、冬に多い(暖房需要)ため、LNG船隊の稼働を年間通じて平準化できるメリットをもたらす。

海上輸送を担当するのは、(株)商船三井が中国海運(集団)総公司(CNPC: China Shipping (Group) Company)と合弁で設立した船主会社である※4。韓国の大宇造船海洋社がロシアの造船会社と連携して砕氷LNG船を15隻建造する。これは「ダブル・アクティング・シップ」と呼ばれ、通常海域および氷が薄い海域では船首を前にして進み、氷が厚い海域では船尾を前にし、厚さ2.1mまでの氷を砕いて単独で航行する。

  1. ※4 商船三井社プレスリリース「ロシア・ヤマルLNGプロジェクト向け新造LNG船3隻の造船契約を締結
    ~世界初の砕氷LNG船によるLNG輸送プロジェクトに参画、北極海航路の商業運航を実施~」(2014年07月09日)

ダブル・アクティングの船が用いられる理由は、どのような気象・海象条件の下でも、単独で氷海にあるLNGプラントに辿り着くというニーズに対応するためとされる(耐氷船はこうしたニーズに対応しきれない)。ダブル・アクティングの船は構造が複雑であり、そのため通常型の船より高価である※5。その反面、砕氷船を雇うコストがかからず、またタイムリーな航海が可能となる。

  1. ※5 この砕氷LNG船の価格は、「一般のLNG船の1.5倍程度になる見込み。3隻で1000億円規模になるとみられる。」
    (2014年7月10日『海事プレス』記事「ヤマル向け砕氷LNG船3隻発注 商船三井、北極海航行の知見蓄積」)

NOVATEK社のようなロシアのエネルギー企業が北極圏に産出する天然ガスを輸出しようとする場合、パイプラインにより陸上を輸送するか、またはLNGに加工して北極海航路により輸送するという2つの方法のうちいずれの収益性が勝るかを判断する。この判断は、需要地域における価格および生産・輸送コスト――主に、パイプラインの建設・運営コスト対LNGプラント建設・運営とLNG海上輸送のコスト――に基づいて行われる。北極海航路輸送のコスト(砕氷LNG船の建造・運用や輸出港の建設・運営のコスト)はそうした判断の一要素に過ぎない。その意味で、エネルギー企業が行う輸出方法の収益性判断は、海運企業が行う「スエズ運河航路と北極海航路とのいずれの収益性が高いか」という判断とは異なっている。

主要参考文献
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  • 海洋政策研究財団(財団法人 シップ・アンド・オーシャン財団)(2012)『日本北極海会議報告書』
    http://www.sof.or.jp/jp/report/pdf/12_06_01.pdf
  • 岸進・山内豊・亀崎一彦(2000)「北極海航路運航シミュレーション」『日本造船学会論文集』第187号1
  • 杉本侃(2010)『2030年までのロシアの長期エネルギー戦略』東西貿易通信社
  • 日本エネルギー経済研究所(2012)「アジア/世界エネルギーアウトルック2012-高まるアジア・中東の重要性と相互依存-」(報告書本文・発表資料)
  • 日本エネルギー経済研究所・石油天然ガス・金属鉱物資源機構(編)(2013)『石油・天然ガス開発のしくみ 技術・鉱区契約・価格とビジネスモデル』化学工業日報社
  • 平松彩・津村健司・佐藤宏一・石田聡成・岡勝・藤野義和(2007)「寒冷地向け最新LNG船の概要と特徴」『三菱重工技報』VOL.44 NO.3
  • 本村真澄(2016)「ロシア北極圏のエネルギー資源開発」石油・天然ガス・金属鉱物資源機構『石油・天然ガスレビュー』Vol.50, No.1(2016年1月)
  • 本村真澄(2013)「北極圏のエネルギー資源とわが国の役割」日本国際問題研究所『北極のガバナンスと日本の外交戦略』(2013年2月)第2章
  • 三浦佳範(2013)「北極航路の商業利用:その可能性とリスク」日本計画研究所セミナー(2013年6月17日)
  • 山内豊(2009)「氷海航行可能な商船の紹介」『咸臨 日本船舶海洋工学会誌』第23号
  • 山内豊(2006)「氷海船舶の安全性」『咸臨 日本船舶海洋工学会誌』第8号
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  • Arctic Monitoring and Assessment Programme (2012), Arctic Climate Issues 2011: Changes in Arctic Snow, Water, Ice and Permafrost.
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