基礎研究

健康寿命延伸と生活習慣病予防-自治体・企業(健保)の取り組み動向

役職名
主任研究員
執筆者名
渡邊 修二

2017年1月17日

豊かな長寿社会の実現のためには、単に平均寿命を延ばすだけでなく、健康寿命の延伸が不可欠である。今、自治体や企業・健康保険組合では「健康」をキーワードに、健康寿命延伸に向けた生活習慣病予防(生活習慣改善)やデータヘルスの取り組みが進展している。本レポートではこうした動きを概観し、先進的事例を紹介する。

1.はじめに~背景認識と方向性

(1)医療費適正化と健康寿命延伸

世界の先陣を切って超高齢社会に突入した我が国にとって、医療費や介護給付費の増大にいかに歯止めをかけていくかは避けて通れない課題である。2015年度の概算医療費※1(速報値2016年9月厚生労働省が発表)は41.5兆円となり、前年度比3.8%とここ数年で最も高い伸び率を示した。

  1. ※1 労災・全額自費等の費用を含まない。医療機関などを受診し傷病の治療に要した費用全体の推計値である国民医療費の約98%に相当する。

昨今、団塊の世代がすべて後期高齢者になる「2025年問題」が注目を集めているが、これを待たずして、すでに各保険者の医療(介護)財政は危機的状況にある。もちろん、これまでも、様々な制度改革が重ねられてきたが、それは主に患者の自己負担引き上げや、企業の負担増など、国民の痛みを伴う政策が主であった。さらに最近では、医療費の地域差を半減させるために都道府県ごとの医療費総額を管理・強化する考えも示されている。

しかし、今後、豊かな健康長寿社会を持続可能なものにしていくためには、こうした政策に加え、医療資源の有効活用やムダの排除によって効率を高めながら、国民の自助努力や民間活用を促す総合的な医療費適正化戦略が求められる。

こうした状況下、国は「日本再興戦略」をはじめとした重要政策において、国民の健康寿命が延伸する社会を新たな方向性として打ち出した。ここでいう健康寿命とは、健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間をいう(健康日本21(第二次))。その主眼は、国民が自ら疾病予防や健康維持に努めることで健康で幸福に過ごせる期間を少しでも延ばし、生活の質を高めながら、結果として医療・介護コストの伸びを緩やかなものにすることにある。こうした動きによって健康寿命延伸を支える新たな産業の創出も視野に入ってくる。

この流れに沿って、全国の自治体では住民全体の健康寿命の延伸を共通の目標として、地域の特性を活かした取り組みを進めている。企業(健康保険組合)においても、働く人たちの身心を健康に保つことで組織の活性化と収益の向上、医療費の適正化を目指す「健康経営(健康投資)」の考え方や、健康・医療データを活用したデータヘルスの取り組みが広がっている。

これらの取り組みの中から好事例を共有し、国民1人1人が健康意識を高め、自分でできることは何かをよく考えることで、健康寿命延伸のムーブメントを国民運動にまで発展させることが重要となる。

(2)生活習慣病予防・健康増進の基本的な考え方

健康寿命が延伸する社会の実現に向けて、対策の柱となるのが、生活習慣病の予防である。生活習慣病とは、一般的に「食習慣や運動習慣、休養、喫煙、飲酒等の生活習慣が、その発症や進行に関与する症候群」をいうが、若年期及び中年期からの発症者が多く、健康状態に大きなインパクトを与えるとともに、高齢者が要介護状態になる主因ともなる。生活習慣病関連疾患は、医科診療医療費の約3割占めており、これに老化に伴う疾患や精神・神経の疾患を加えると、およそ6割となる(図表1-1)。急性疾患と異なり、生活習慣病の克服には生活習慣の改善、特に運動と食事をコントロール出来れば一定の成果が得られることは科学的にも証明されており、健康寿命を延伸するためには生涯にわたる生活習慣の適正化がカギとなる。

<図表1-1>医科診療費の傷害別内訳 (2013年度総額28.7兆円)

(出典)厚生労働省「平成25年度国民医療費の概況」

生活習慣病は自覚症状に乏しく当初日常生活に大きな支障はないが、健康診断等で発見された後、生活習慣の改善がされないとその他の重症の合併症(例えば糖尿病の場合、人工透析や失明など)に進む惧れがある。「不健康な生活習慣」の継続により、「予備軍(境界領域期)~内臓肥満、高血糖、高血圧、脂質異常症」→「メタボリックシンドロームとしての生活習慣病」→「重症化・合併症」→「生活機能の低下、要介護状態」へと段階的に進行していく。逆に生活習慣を改善することで進行が抑えられる可能性があり、境界領域期での生活習慣の改善が生涯にわたって生活の質を維持する上で重要であると言われている。

現役世代からの健康づくりにポイントとなるのが、特定健康診査(特定健診)・特定保健指導を通じた生活習慣病予防である。しかし実際には、特定健康診査の実施率は47.6%(2013年度)であり、また、男女間、保険者間で実施率に大きな差が見られる(男性52.8%vs女性42.6%。健康保険組合71.8%vs市町村国保34.2%など)。

特定健診の未受診者2,790万人のうち、潜在的保健指導者は472万人と推定される(未受診者に、2013年度の特定指導対象者割合(16.9%)をかけたもの 図表1-2)。この未受診者をターゲットにして、1次予防の網をかけていくことが優先課題となる。

なお、特定保健指導が医療費の抑制に一定の効果を果たすとするデータも示されている。例えば、特定保健指導の40~64歳の参加者に対する積極的支援では、メタボ関連3疾患(高血圧症、脂質異常症、糖尿病)の翌年度の年間1人当たり入院外医療費の比較において、積極参加者の方が不参加者に比べ医療費が30%強少ないという結果がえられた(図表1-3)。

<図表1-2>未受診者をターゲットにした予防対策の必要性

(出典)経済産業省

<図表1-3>特定保健指導積極的支援参加者と不参加者の翌年度年間入院外医療費の差異(単位円)

(出典)第13回保険者による健診・保健指導等に関する検討会資料(2014年11月)

【参考情報】医療費の国際比較~日本は低医療国家か?

我が国の国民医療費の増加は毎年大きな話題を集めるが、ここでいう「国民医療費」とは、その年の保険診療に要した費用の推計で、あくまで公的な医療保険制度下の支出を推計したものである。保険給付外の高度医療、歯科の自由診療部分、差額ベッド代や正常分娩費用、大衆薬や保健所・保健センターにかかる費用などは合算されない。介護費用に関しても、大部分は介護保険でカバーされるため、含まれない。

一方、OECDが公表している「総保健医療支出」は、OECDやEU、WHOが共同で作成したSHA(System of Health Accounts)という基準で推計される医療費のマクロ統計であり、「国民医療費」に、市販薬、介護サービス、予防、自然分娩、差額ベッド代などを加えた、より広範な概念である。

2016年6月、OECDはHealth Statistics 2016(対象年は2015年)のデータを公表した。ここで示された総保健医療支出の対GDP比をみると、日本は11.2%と、OECD加盟35か国中、米国、スイスに次ぐ第3位となった。

<参考図表>対GDP保健医療支出 国際比較

(出典)日本医師会総合政策研究機構(2016年9月)

因みに前年のHealth Statistics 2015(対象年は2014年)では、日本の総保健医療支出の対GDP比は10.2%で第8位だったことから一挙に順位を上げたことになる。これは、OECDの最新基準に合わせて、総保健医療支出の構成要素であるLTC(ロングタームケア:介護、長期療養)の計上範囲を拡大したことが背景の一つとされている。国によって過小計上や逆に過剰計上となっている項目も複数あるとされ、国際比較の目安の一つとして慎重に扱うべきとする指摘もある。

少なくとも「日本の医療費は先進国の中で低位に推移している」という通説は再考の余地があろう。

2.地域・自治体及び企業(健康保険組合)の代表事例

事例詳細はこちら 地域・自治体及び企業(健康保険組合)の代表事例(PDF:1,722KB)

3.健康寿命延伸(ヘルスケア)産業の創出

これまで、自治体や企業の各事例で見た通り、健康無関心層をも巻き込んだ住民全体を対象とした健康なまちづくりやデータの見える化、健康リスク階層ごとのアプローチ、さらに個別化健康サービスの展開など新たな動きが定着しつつある。国は、これらを後押しする多種多様なサービスや商品群を健康寿命延伸産業あるいはヘルスケア産業と位置付け、産業創出・育成に向けた政策展開を加速している。ヘルスケア産業の中核をなす健康・予防サービスを活用して、現役世代においては生活習慣の改善や受診勧奨を通じた「予防や早期診断・早期治療の拡大」の実践、引退後は生活習慣病等の予防・早期治療を通じた重症化予防による「医療・介護費の伸びの抑制」を目指す(図表3-1)。ヘルスケア産業の創出・育成によって、新たな市場と雇用拡大による経済成長効果も期待できる。

<図表3-1>目指すべき姿の実現に向けて~予防・健康管理への重点化

(出所)経済産業省(中国経済産業局)

ヘルスケア産業の枠組みは、産官学の関係者からなる「次世代ヘルスケア産業協議会」(2013年12月設置)の3つのワーキンググループで検討が行われ、アクションプランが逐次実行に移されている。具体的には、「健康経営銘柄」の設定や、健康・運動サービス事業者の品質の見える化を行う第三者認証事業の開始などの他に、新事業に規制の適用がなされるか事前に照会できるグレーゾーンの解消制度などの実施がある(グレーゾーン解消の実例としては、スポーツクラブにおける運動指導や自己採血による血液簡易検査とその結果に基づく情報提供が、医師法、臨床検査技師法等に抵触しないことの確認が挙げられる。これにより、ドラッグストアなどでセルフチェックによる簡易検査が促進され、自治体でも糖尿病早期発見に簡易検査を導入するなどの動きが加速している。)

今後、このような産業促進策とウェアラブル端末などICTの活用が相俟って、自らの健康づくりをサポートするセルフケア事業が拡大することが見込まれる。また、医療ビッグデータの技術進化に伴い、個人レベルでの遺伝子検査等が身近なものとなれば、より先制的で精緻な予防・健康管理が可能となり、医療費適正化取り組みは一段と効率化が進むと予測される。国は以上のような施策パッケージで2020年に市場規模10兆円、雇用103万人の創出を目指す。

新たな産業創出の動きは、地域活性化の取り組みと結びついて、全国各地で独自のサービスが広がっている。各地域の特色、強みを活かしながら、健康の維持・増進を「食・農」や「観光」、「スポーツ」や働く場と一体化し、持続可能性のあるビジネスモデルに発展させ、地域経済の活性化と医療費適正化を目指す動きが見られる(図表3-2は、健康への気づき(受診勧奨)サービス事例)。

国は、地域発新ビジネスの創出、育成にあたっては、資金供給の円滑化のため政府系ファンドによる出資や政策金融を呼び水としつつも、地域金融機関との協力体制構築※2が不可欠であること、また産業として大きく育てていくために地元企業にこだわらず全国展開の大企業とも連携して産業として育てていく旨の方針も示しており、民間企業にとってビジネスチャンス拡大の好機と捉えられる。

  1. ※2 すでに、いくつかの銀行では、企業の健康増進の取り組み状況に応じ金利優遇を行う融資制度や、健康診断の受診によって特別金利を提供する定期預金の販売など、地域の健康づくりを支援する動きを進めている。

<図表3-2>健康への気づき(受診勧奨)サービス事例

(出典)経済産業省

主要参考文献
  • 貝塚啓明(2014)『持続可能な高齢社会を考える』中央経済社
  • 事業構想大学院大学(2016)『月刊事業構想AUGUST 20161億総スポーツ社会構想で始まる健康ビジネス』
  • 事業構想大学院大学出版部
  • 瀧靖之(2015)『生涯健康脳』ソレイユ出版
  • 辻哲夫(2016)『超高齢社会第4弾 未知の社会への挑戦』時評社
  • アレックス・サヴォロンコフ(2014)『平均寿命105歳の世界がやってくる』柏書房
  • 経済産業省(2016)「次世代ヘルスケア産業の創出に向けて」
  • 厚生労働省(2013)「被用者保険におけるデータ分析に基づく保健事業事例集」
  • 日本医師会総合研究政策研究機構(2016)「日医総研ワーキングペーパー」
  • WORLD HEALTH STATISTICS(2016),World Health Organization
  • Health life expectancy Data by country(2016)、World Health Organization
  • World Alzheimer Report(2016),Improving healthcare for people living with dementia

以上の他に『厚生労働白書』、『高齢社会白書』、『情報通信白書』