レポート

ESGリスクトピックス 2020年度 特別号

2020.5.1

今般の新型コロナウイルスの感染拡大に際し、企業が対応を判断・実践する上で想定される法務的課題のうち主なトピックスを取り上げ、弁護士の見解を踏まえてQ&A形式でご紹介します。 検討の参考としてご活用ください。
※2020年4月30日時点の情報を基に作成しています。

Q&A

1.出勤従業員への安全配慮義務
当社では、緊急事態宣言中も、社内インフラの不備や対応コストなどが理由でテレワークに対応できておらず、従業員はほぼ通常通り出社し業務を行っています。この状況で従業員が感染し、重症や死亡等に至った場合、 会社が安全配慮義務違反に問われる可能性はありますか?

出社した従業員が感染したからといって、直ちに会社が安全配慮義務違反に問われるわけではありません。業務に起因して新型コロナウイルスにり患したことについて、会社が予見と結果回避できたと認められる場合に限ります。

会社は、従業員が業務上接触する可能性のある感染者の有無やその程度に照らして、可能な範囲で感染防止対策を講じることが求められます。特に、以下のような国や自治体などが提示する感染防止策の実践の検討が必要です。

  • 重要業務を特定し、必要最小限以外の従業員に自宅待機を命じる。
  • 時差出勤を命じる
  • 職場の換気をしたり、他の従業員との座席の間隔を空ける。
  • マスクを配布したり、手指の消毒液を設置する。
  • 発熱、せき等の症状がある者の出勤を禁止する。
  •   
2.海外駐在員への安全配慮義務
安全確保のため一時帰国中の海外駐在員を帰任させるにあたり、安全配慮義務上の留意点はありますか?

安全配慮義務の観点からは、例えば、外務省が感染症危険情報で渡航中止勧告を発出しているなど危険性の高い国や地域への帰任は感染防止の観点から極力控えるべきです。

やむを得ず帰任させる場合には、いわゆる「3密」など感染リスクの高い業務に従事させないこと、マスクや消毒液等の感染防止に必要な物資の提供を行うこと、発症時の対応の整備など可能な限りの対応をすることが 安全配慮義務違反のリスクを低減させるという観点からは重要となります。

3.コロナ禍理由の解雇・内定取り消し
新型コロナウイルスの影響による業務縮小を理由に従業員の解雇や内定の取り消しはできますか?

解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合、無効とされる可能性があります。これは、内定取消であっても同様です。業務縮小を理由に解雇や内定取消をする場合には、 業務縮小の範囲や期間などが問題となります。さらには、雇用調整助成金やその他行政機関等の雇用維持支援策の利用など、解雇や内定取消を回避するための経営努力を尽くしたか否かも、会社の正当性の判断材料とする解釈が一般的です。

4.プライベートな行動の制限
新型コロナウイルスの影響による業務縮小を理由に従業員の解雇や内定の取り消しはできますか?

感染防止を目的にしたプライベート面での会社指示(接待を伴う飲食店等への出入り禁止)に違反し、感染した可能性が高い従業員を懲戒処分とすることはできますか? また、当該従業員が療養する期間に、感染した従業員に通常与えている特別休暇(年次有給休暇とは別の有給の休暇)をペナルティとして与えず、年次有給休暇を取るように指示することはできますか?

会社の指示に反したとはいっても、基本的には私生活上の自由の範疇に属する行動を理由に懲戒処分をすることは無効とされる可能性が高いです。

一方、特別有給休暇の付与については、付与要件を「会社が相当と認めた場合」などと定めておれば、指示違反を理由に付与しないこともできます。しかし、全従業員に一律付与する場合に、 特定の従業員のみに付与しないのには問題があります。なお年次有給休暇の取得を強制することはできません。

5.就業規則変更の必要性
新型コロナウイルスの感染を受けて、特例的な対応や指示(例:感染症特別休暇、行動制限=海外旅行やナイトクラブへの立ち入りの禁止など)を行う場合、就業規則への記載や従業員の事前同意が必要でしょうか?

従業員に不利益な労働条件の変更には、法所定の就業規則の変更や事前の合意が必要です。またこの場合は、予め労働組合との協議を経るのが望ましいです。

会社の指示に反したとはいっても、基本的には私生活上の自由の範疇に属する行動を理由に懲戒処分をすることは無効とされる可能性が高いです。

ただ、感染症特別休暇として労務を免除することは従業員の「不利益」ではないと解釈されるため、事前合意は不要です。他方、行動制限を懲戒処分で強制する場合には、就業規則への規定もしくは事前同意が望ましいといえます。 一方、懲戒処分で強制しない場合にはそこまでの必要性はないでしょう。

6.オンラインでの株主総会
株主や役職員の感染防止を目的に、株主総会をオンラインでの参加も可能な形式(ハイブリッド出席型)で開催する予定です。当日に通信障害等で中断を余儀なくされた場合、総会の開催は無効になりますか? 無効になった場合の対応はありますか?

総会が開催中に中断となった場合、全体が無効となるわけではありません。中断前に適法に決議した事項は、問題なく成立(決議)しているものとみなされます。一方、中断前に決議が完了し なかった事項は、その事項に限って別途株主総会を開催し決議する必要があります。

7.株主総会での感染対策
株主総会の会場に、感染の疑いがある株主(発熱や激しく咳き込むなど)がいた場合、退席を要請することは問題ありませんか? もし要請に応じない場合、どのように対応すればよいでしょうか?

感染拡大防止のために必要があれば、議長の権限で感染の疑いがある株主に退席を要請することも可能です。

議長の退場命令に従わない場合は、警備員による実力行使(腕をつかむなど相当な範囲に限る)によって会場から排除することもできます。

なお、感染の疑いのある出席株主が確認された場合の対応については事前に整理し、株主に説明しておくことが望ましいでしょう。

8.株主総会の延期
自社経営層で感染が発生し、代表取締役など役員や事務局の大半が濃厚接触者として自宅待機を命じられるなどで出席できない場合、株主総会を直前に延期することは可能でしょうか?

株主総会を延期することは可能と解されます。延期の場合は、感染の危険性が解消して開催が可能となった後、合理的な期間内に開催することとなります。

なお、このような場合に、株主総会の開催場所とオンラインで双方向コミュニケーションができる形を確保(出席すべき役員等が実際に会場に赴くことなく隔離された環境から参加)することで、 株主総会を開催することも可能であると解されます。

9.取引先役職員の感染
自社オフィスに常駐する業務委託先の従業員が感染し、社内消毒および濃厚接触者の自宅待機等で業務に支障が生じました。のちに委託先の会社が当社の要請に反し、従業員に有効な予防策を講じておらず、 また発熱を隠して自社内で業務を続けていたことが発覚した場合、委託先に賠償請求をすることは可能でしょうか?

委託先は、契約書に明文の定めがなくとも委託元に感染症を蔓延させないよう合理的な感染予防の措置をとる義務を負うものと解されますので、委託先は、要請に応じて合理的な予防策を講じるべき義務を負い、 感染が疑われる従業員については委託元での勤務を中止させる義務があるといえます。

仮に委託先がこのような義務を怠った結果、委託元が社内消毒を強いられたり、濃厚接触者の自宅待機等により業務に支障が生じ損害を受けたと認められる場合には、損害賠償請求をできる可能性があります。

10.取引先への賠償責任
自社従業員の感染防止のため生産体制の縮小をせざるを得なくなった影響で、取引先に約束した納期に大幅に遅延する見込みです。取引先から納期遅延の損害賠償を求められた場合、応える義務はありますか? 天変地異や不可抗力等による抗弁は無効でしょうか?

履行遅延の場合、契約上に特段の定めがない限り、自社に「帰責事由」があれば債務不履行として損害賠償責任を負います。この場合の帰責事由とは、新型コロナウイルスによる生産縮小の可能性を予見し回避できたかどうかで判断されます。 たとえば不測の事態に備えて、在庫確保や代替生産業者の手配などが可能であったのに怠っていた場合には帰責事由が認められる場合があります。

なお、昨今の災害(東日本大震災や「重症急性呼吸器症候群=SARS=」などグローバル規模の感染症)の経験を踏まえ、事業継続計画の策定や運用など、企業に求められる有事対策のレベルが高まっており、 対策の不備があった場合に、企業が責任を問われる可能性が高くなっていることには注意が必要です。

11.取引先への賠償責任
取引先(下請事業者)に年間発注計画を提示し、設備の増強を求めていたが、新型コロナウイルスの影響で計画通りの発注が困難になりました。取引先から増強した設備費用の補填を求められた場合、応える義務がありますか? 天変地異、不可抗力等による抗弁は可能でしょうか?

増強した設備が今後も利用可能な場合には、設備増強にかかった費用自体は損害に該当しないので、基本的に賠償の必要性はないものと解されます。

他方で、年間発注計画に従って発注する合意が成立していたと認められ、計画に従った納品がなされれば代金相当額の支払いには応じなければならない可能性があります。なお、不可抗力による免責は、 特別の約定がない限りは、代金支払のような金銭債務については適用がありませんので注意が必要です(民法419条3項)。

12.第三者への賠償請求
入居ビルの別フロアのテナントで感染者が発生。ビルの一時閉鎖・消毒のため、自社店舗が休業を余儀なくされました。感染者を発生させたテナントに賠償請求できますか?

原則論では、感染者を発生させたテナントに不法行為が成立する場合には、損害賠償請求が可能です。例えば、緊急事態宣言下に行政の指示や要請に反して、いわゆる「3密」など感染リスクの高い環境で営業を継続した結果、 感染者が発症したと認められる場合には、不法行為が成立する余地はあります。しかし実際は、感染経路の特定など上記因果関係の証明が極めて難しいため、不法行為が認められる可能性は低いでしょう。

13.従業員感染時の情報開示
自社従業員が感染した場合、社外(取引先や他テナント、来店客など)に公表が必要でしょうか? もし公表をしない場合に、自社に賠償責任が生じる可能性はあるでしょうか?

自社従業員が感染した場合に、いわゆるニュースリリースのような形での公表をすべき法的義務はありません。しかし、対面で長時間の打合せ(1メートル以内で15分以上など)をしたなど感染者との関係で濃厚接触者が 特定できる場合には、さらなる感染拡大防止のために公表をして注意を促すことをしなければ、契約上の信義則違反または不法行為に基づく損害賠償責任を負う可能性がないとはいえません。他方、濃厚接触者には該当しない 他のテナントや来店客は、公表しなければ直ちに法律上の損害賠償責任を負うとはいえません。ただ、不特定多数を相手にする業種・業態(小売り店など)においては、濃厚接触者がいない場合でも、公表をしないこと自体が 「隠蔽」との厳しい風評被害につながる可能性がありますので、社会的責任の観点からも公表を検討すべきでしょう。

また仮に公表する場合には、感染者の個人情報に該当することから、最新の行政の考え方などを参考に、従業員が感染した事実以外には、勤務場所において社外の不特定多数の人間と接触する可能性がある場合には 発症直前の勤務場所や勤務状況など感染拡大防止等の公表の目的に必要な最低限の範囲に留め、発症者が特定される情報の公表は避けるなどプライバシーに配慮することが必要です。

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