コンサルタントコラム

保険会社におけるERMとリスクモデル

[このコラムを書いたコンサルタント]

専門領域
自然災害リスク計量、確率統計
役職名
総合企画部 リスク計量評価グループ 主任コンサルタント
執筆者名
中西 翔 Sho  Nakanishi

2018.2.19

事業の多様化・グローバル化が進む保険業界。気候変動や、自動運転に代表されるような技術革新に伴い世界のリスクは複雑化してきており、保険会社のリスク管理においては財務の健全性と事業の収益性とのバランスがより一層重要視されてきている。少額の資本から収益性の高い商品を開発・販売することで事業の効率性が評価される製造業とは異なり、保険会社はリスクの大きさに見合った収益を上げる姿が求められる。近年、多様なリスクを統合的に管理し、事業全体でコントロールする統合リスク管理はERM(Enterprise Risk Management)として広く認知されてきている。保険業界においてもERMをコアとした経営体制が求められており、その実現のためにリスク定量化の重要性が高まっている。

保険会社のERMにおいては、様々なリスク対比の経営指標が用いられる。例えば、ROEに似た経営指標としてROR(Return On Risk)と呼ばれる指標がある。RORはリスクに対する収益の割合で表され、収益の向上のみならず、リスク削減につながる取り組みが指標改善に直結する。ROR算出のためにはリスクが数値として表されるが、このようなリスク関連指標の誕生もリスクの定量化技術が発展してきたことによる産物であろう。

リスク定量化においては、リスクモデルと呼ばれるツールが活躍する。自然災害リスクの計測を例に挙げると、リスクモデル内に様々な仮想地震・仮想台風等が用意されており、コンピュータ上でそれらによる対象物の被害金額を測定するのである。リスクモデルを用いれば、実際に発生していない事故による被害を推定できるため、種々の将来予測に活用できる。例えば、「数千年に一度の損害」など観察期間を超える期間の保険金支払金額も測定することができ、この金額を「リスク」と定義することもできる。昨今は、リスクコンサルティングにおける予想最大損失額の測定や、保険リスク債権(キャットボンド)の発行等にも活用され、その活躍の幅は年々広がってきている。論理的、工学的なリスク定量化が可能なリスクモデルなくして、保険会社のERMの発展は難しいだろう。

ただし、高度なリスクモデルが開発されるにつれて、その構造が複雑になり、ブラックボックス化が進む懸念がある。モデルの発展はERMの成熟を促すが、「なぜそのような値が算出されたのか」を説明できない数値を経営判断に用いることほどのリスクはないだろう。ここに、リスクモデルへの理解の深まりおよびリスクモデルの普及が、今後の保険業界にとって不可欠であることを主張したい。

コンピュータ技術の革新・データの蓄積により、精緻なリスク定量化が可能な環境は整備されていくことが予想される。リスクモデルへの理解が進み、リスク定量化がより普遍的なものとなれば、不確実な事象に対して「余分に備える」のではなく「より適切に備える」ことの必要性が増すだろう。解らないことに対して必ずしも安全側にたった判断だけをすればよいものではなくなってきている。

その一方で、リスクという概念を定量化する手法は様々であり、正解は存在しない。数値として表されたリスクが妥当といえるのかどうか判断する、ヒトの目利き力が問われる時代となってきているのではないだろうか。

以上

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