コンサルタントコラム

経験の落とし穴

所属
コンサルティング第一部 自動車SCM室 自動車RMチーム
役職名
上席コンサルタント
執筆者名
浅和 志津男 Shizuo Asawa

2010年01月25日

通常、「技能は経験により磨かれる」ものであり、自動車運転の技能にも同じ事が言えるでしょう。しかし、安全運転の点に関しては「経験が妨げになってしまう」事があります。

先日、ある企業が大型クレーン車で使用しているドライブレコーダー(*)のデータを分析しました。ほとんどの映像からは、周囲の状況に合わせた適切な車間距離や速度をキープしている様子が窺われたのですが、車線変更時に限って(同じドライバーなのに)「後方から追抜いて行く車両の直後に進入する」危険な運転が多数見られました。この車両は「瞬間加速力が弱く走行速度も遅め(50km以上の速度が出せない設計)」で「小回りが利かず緩やかな操作が必須」のため、乗用車に比べて車線変更は非常に難しい操作ですから、ドライバーは細心の注意が必要です。当初このような操作をする原因が分からず、幾つもの車線変更映像を繰り返し見ていると「車線変更直後に前車両がブレーキを踏んだため追突寸前まで急接近している」映像を見て「こんな車間距離なら追突寸前の映像がたくさん撮れるはずなのに似た映像がほとんど見られない。あれ?他の映像は車線変更後どんどん車間距離が開いている!」と気付きました。

つまり、追抜いてゆく車両はクレーン車より走行速度が速いため、その直後に進入しても自然と車間距離が開くので、ドライバーは「追抜いて行く車両の後方に自車が進入可能な余地あり」を(的確に)判断すれば車線変更ができる訳です。大型車は車体が長く、十分な余地を確保した車線変更ができる事は稀なため、このドライバーは長年の経験を通して、「困難な車線変更をスムーズにこなす熟練の技能」を身に着けたのです。逆説的な言い方ですが、危険な操作をするのは「車両特性を理解した経験豊かなドライバーが運転しているから」だったのです。普段このドライバーは、周囲の確認にも気を配っているのですが、追突寸前まで急接近した映像は、陸橋の上り坂直前で「先が十分見通せない地点」でのものでした。熟練のドライバーでも、いつもと少し違った状況で(少し違うだけだからこそ)的確な判断をする事は困難です。

様々な要因との関係で「しなければならない事をしなかったり、してはいけない事を(うっかり)してしまう」事を『ヒューマンエラー』と言い、自動車事故もヒューマンエラーが原因の一つです。ヒューマンエラーに対しては「人間は必ず間違える」事を前提に対策を講じる必要があり、国土交通省が推進している「運輸安全マネジメント」は前記の考えに基づく制度です。運輸安全マネジメントに用いられている手法は、運輸事業者だけでなく、全ての事業者の交通事故防止対策に有効ですので、自動車事故防止にお取組みの皆様は、是非、ご研究されてみてはいかがでしょうか。

(*)車両に設置し、走行時のさまざまな情報を記録する機器です。機種により取得するデータは異なりますが、一般的には、映像を記録するタイプのものを指します。

以上

(2010年1月21日 三友新聞掲載記事を転載)

浅和 志津男 Shizuo Asawa
氏名
浅和 志津男 Shizuo Asawa
役職
コンサルティング第一部 自動車SCM室 自動車RMチーム 上席コンサルタント
専門領域
自動車安全運転管理支援/自動車事故防止対策