コンサルタントコラム

無形資産経営について考える

[このコラムを書いたコンサルタント]

専門領域
企業のリスクマネジメント体制構築、ERM(エンタープライズ・リスクマネジメント)、内部統制、事業中断リスク分析ほか
役職名
総合リスクマネジメント部 上席コンサルタント
執筆者名
土居 英一 Eiichi Doi

2008.4.1

昨今内部統制というキーワードに注目が集まっている。会社法の体制整備に関する取締役会決議の義務化やJ-SOX法絡みから高まる話題である。これには若干の危惧がある。それは本質的に内部統制が企業価値創造のための企業フレームワークを確固とするためのプロセスであり、法的に要求される類の事項は本来ミニマムリクワイアメントであるべきだからである。それでも米SOX法対応の騒動ともいうべき状況に似た過剰反応となりつつある感は否めない。

この内部統制のフレームワークとしては92年に米国のトレッドウェイ委員会(COSO)が公表したものが最も一般的である。COSOは04年に92年のフレームワークを発展させたERMモデルを発表した。これは内部統制の概念を踏まえつつ、戦略の意思決定にも有益なリスクと機会の状況を提供するという概念である。リスクマネジメントが経営シーンでより機動的に活用されるための取組がかなり前に進んできたということになる。しかし、実際にリスクと機会がどのように企業の中に存在するかということを見極めるには十分な判断手法を提供しているとは言い難い。そのため、取組にあたっては先進的な欧米企業においても苦慮しているのが実状である。それを解決する新たな概念として先日CERM-ROIAMというものが刈屋武昭教授により発表された。これはERMのフレームワークを拡張し、その資産の持ち方やリスクと機会の見極める考え方にも大いに示唆を与えるものとなっている。特にここでは、キャッシュフローの源泉となっている資産が何であるかということに着目している。重厚長大な産業が興隆を極めた時代など、そのキャッシュフローの源泉は主に有形資産であった。当然ながら人のアイディアやその関係性等の目に見えないものが重要であることは気づいていても、それらを有形資産と同等に評価することは困難であった。実際、公表される貸借対照表においても、有形資産と、知財やのれん等の若干の無形資産に限定される。企業の差別化に極めて重要な、経営スタンスやリーダーシップ能力、対外交渉力、知識の創造・イノベーション力等の無形資産には触れられていない。CERM-ROIAMではこのような無形資産を如何に最適に経営(マネジメント)するかについてフレームワークを与えている。

ここで無形資産の最近の話題を思い返すと、筆者はまず一昨年の2004年の青色発行ダイオード、味の素アステルパーム等多くの職務発明対価関連訴訟に結論が下されたことを思い出す。このような問題が拍車をかけて隆盛を誇った「知財戦略」の多くはいわゆる特許戦略的なものであった。一方で、企業と研究開発に携わる従業員の関係自体を考えさせられる1つの契機となったことは副産物であろうし、その流れとしては2002年の田中耕一氏のノーベル賞受賞も1つの契機であったろう。翌2005年度に近づくにつれては、個人情報保護法の施行に向けてにわかに顧客情報を中心とする情報漏えい対策、保護法対策に企業は躍起にならざるを得なかった。この作業は多くの企業内に堆積した情報の価値と責任を考えさせられるに十分な流れとなり、特に保有する「情報資産」の取捨選択を迫られることとなった。

時期は少々遡るが、米国では2002年に企業結合により発生するのれん代などの無形固定資産の会計処理基準が変更になっており(FASB141,142)、無形資産の簿価と市場価格または収益還元法による現在価値から決定されるフェアバリューとの差額を減損する会計処理が必要となった。ただし、フェアバリューの算出を実務的にどうするかについては極めて難解な問題として理解されている。

その他、流行したキーワードの1つとしてナレッジマネジメントがある。多くの企業において、いわば暗黙知の形式知化という問題に取り組んでいる。特に2007年問題という団塊世代の大量退職問題がある以上、向き合う必要のある課題ではあるが、どの程度の企業がこれを実際の収益に還元させることができる取組みとして実現できたかは定かでない。一方、外資系企業では、明らかにこのナレッジマネジメントにより世界中のグループ企業が短時間で新規業務ノウハウを共有できる企業も多く、日米の企業文化の違いを考えさせられる部分でもある。

資金調達面でも土地神話崩壊以降、プロジェクト等の多様な無形資産を源泉としてのファイナンス手法は発展を続けており、例えば前述の特許系の資産も直接的にファンドの原資産として考慮され始めている。実際、多くの業界では財務諸表に計上されない無形資産こそが計上される資産以上にキャッシュフローの重要な源泉、即ち企業価値の重要な源泉となっている。これからの企業における課題は、やはり無形資産を含む資産全体をどのように見極め、どう経営(マネジメント)していくかということにあると考える。ここでいう無形資産には企業文化、企業理念、企業倫理、行動基準、インセンティブシステム、企業内部の関係資産・組織資産、イノベーション精神も含む概念をイメージしている。これを実現することができれば現状を超える効率経営が期待できるであろう。

紹介したCERM-ROIAMは技術的にやや近未来的な取組みとも言えるだろう。しかし、それを踏まえた上で最も訴えたい点は、企業は今一度コア・コンピタンスを理解し、さらに自社のバリューチェーンを理解し、それらにどのように有形無形の資産が関わっているか整理したうえで経営の選択肢(オプション)を見極め選択するプロセスを構築すべきということである。さらには、それらの過程においてリスク-リターンについても正しく捉え、可能な範囲でその構造を変化していくことで今まで以上の企業価値の最大化を図ることができると言えるのであろう。

以上

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